REODORANT/リオドラント

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2007年5月11日 – 6月22日

キュレーター: 横山由香
アーティスト: 井上尚子/アーティスト、エリック・カーヴァー/建築家、ハワード・ホアン/サウンドアーティト、佐藤孝/調香師


オープニング レセプション511午後6 – 8
アーティスト キュレーター トーク61午後6 – 8

REODORANT – リオドラント – は、井上尚子(アーティスト)、エリック・カーヴァー(建築家)、ハワード・ホアン (サウンドアーティト)、佐藤孝(調香師)の共同制作によって実現し たコラボレーションプロジェクトである。 各自が感覚が刺激される事によって記憶が呼び覚まされるというコンセプトに基づき制作した香り、音、光などで空間を構成しその現象を再現、体験するインス タレーションとなっている。

我々が我々であることの大部分は、過去の記憶と経験に基づいて形成されていると言っても過言ではないだろう。記憶が確かなものでなくなった時、「私」は「私」としてありえるのだろうか?
自己と記憶の間に介在するパラドックス。我々の記憶はどのように形成され、また再構築されるのだろうか。トム・ク ルーズは、映画「バニラ・スカイ」の中 で、現実から逃避し新しく理想の夢を買い、その記憶の中に生きた。全ての記憶が蘇った時に初めて本来の自分と対峙する。「ボーン・アイデンティティ」で は、過去の記憶をなくした主人公マット・デーモンが、自分が何者なのかを探る。過去の記憶の断片をフラッシュバックのように思い出しながら、自らの過去に 決着をつける。また、プルーストの「失われた時を求めて」は、主人公が、マドレーヌを口にし、これを機会に蘇った子供の頃の思い出を回想するところから物 語が展開してゆく。記憶のパラドックスは何をきっかけに開かれ、変化しながら、自己形成の要素として存在してゆくのだろうか?

この展覧会では、認識(perception)と記憶(memory)について言及すると同時に、感覚機能と記憶の関連性を再検証してみたいと思う。無彩 色の空間が全体に広がり、見る者の感覚を敏感にし、想像力を拡大させる。限られた光りの中、香りの草原と、音の林に包まれ、感覚器は無自覚な記憶を解放す る。香りの記憶は他の感覚器官に比べ長期間に渡って残るといわれており、匂いを嗅いだ際にその匂いと関連した経験を思い出させる作用がある事は良く知られ ている。この空間では、誰にでも覚えのある2種類の香りが漂っている。それぞれの香りが記憶と連鎖反応し、過去を呼び起こす。しかし、この2種の香りは、 人が行き来したり、空気が流れる事に寄って混ざり合う。これにより、本来香りとの作用で蘇るはずの過去が曖昧になり、正確に思い出す事が困難になる。そも そも正確な記憶とは何なのだろうか?

音もまた、記憶を呼び覚ます器官の一つである。香り漂う空間に、反響する足音や会話など、我々がこの場に在ることによって発せられるライブ音と、録音され た自然界の音や日常の音が流れる。ここでの音はある意、記憶のメタファーである。録音された音は過去の蓄積であり、現在の環境下で”再生”されながら、今 この時の経験が付随され、再び記憶として”収録”される。しかし、ここで蘇った音の記憶と、香りの記憶は、それぞれ互いをどのように認識し合うのだろう か?既に記憶の中に残留しているこの香りと音を利用しつつ、新たに、この空間の現在の「私」を記憶に残すことを試みる。音響と共に断片的にちりばめられた 物語が、香りと連鎖し、新たなエピソードとして記憶に蓄積される。無彩色の空間の中で語られる物語は香りと音、そして体験する者のイマジネーションによっ て、彩色豊かに記憶されることだろう。

我々の思い出や記憶といったものは、必ずしも事実を反映したものではない。個々の受け止め方によってストーリーは脚色され、個人の中の記憶もまた、時と共 に派生しながら変化を繰り返す。にもかかわらず、記憶は一種のリアリティーを持って我々の中に存在し続けるのである。そして、この空間で培われた記憶もま た、時を経て甦生(Re – odorant)することであろう。

“Reodorant”「リオドラント」= Re: 再 + odorant: 香

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