アトリエ訪問 NYC: ジェニー・チェン

ジェニー・チェン、自身のアトリエにて

ジェニー・チェン、自身のアトリエにて

「アトリエ訪問NYC」は少人数のグループがニューヨークで活躍するアーティストのアトリエを訪問し、アーティスト本人から直接制作のプロセスやコンセプトなどの話を聞く企画です。2人目のアーティストはアメリカ、アジア、ヨーロッパなど世界各地で発表しているアーティスト、ジェニー・チェンです。

最初の「アトリエ訪問」のアーティスト、野田正明氏と同じくニューヨーク、ソーホー地区にアトリエを構えるジェニー。彼女のアトリエがあるマーサー・ストリートは今ではお洒落で個性的な店が立ち並ぶとても魅力的な通りですが、「昔は暗くて静かだったので、ムーダー・ストリート(殺人通り)と呼ばれたのよ。今とは全然違っていた。」と話します。

ジェニーのアトリエがあるのはビルの4階。すっかり洗練されたソーホーの街を歩くと、ここに今でも制作のアトリエを持っているアーティストがいるとは信じられないほど。そんなソーホーだからこそ、ビルのエレベーターが開いてジェニーのスタジオを目にした瞬間はちょっとした驚きです。広くて白いいかにも仕事場という感じの空間には、ジェニーのカラフルな新作の絵がかけられ、床には様々な色の絵具が海のように広がっています。参加者の誰もが「うわーっ」と声をあげました。

ジェニー・チェンのアトリエ

ジェニー・チェンのアトリエ

ジェニーのアトリエに足を踏み入れた途端、まず気が付くのは床に敷かれたプラスチックの透明なシート。絵具の跡が点々とついています。参加者のひとりがすぐに質問しました。「床にキャンバスを置いて制作するのですか?」ジェニーは「そう。大体いつもキャンバスを床に置いて、絵具を直接流す、そういうふうに始めます。」スタジオには大きなプラスチックのバケツに入ったアクリル絵具が積んでありました。ジェニーはそれを水で薄め、床に置いたキャンバスに直接流していくとのことです。「私はリサイクルのパーツもよく使うの。」とジェニー。シートの上に置かれたいくつもの薄いアクリル絵具の抽象形態を指して言います。

作業台の上の絵具

作業台の上の絵具

ジェニーの新作はどれもとても色鮮やか。参加者のひとりがどのように色を選ぶのか、との質問に彼女はこう答えています。「私は絵の中に調和を求めてはいません。私が自分の絵の中に欲しいものは争いやテンション。ハーモーニーではなくて。もし赤をキャンバスに置いたとしたら、あえてそれに対抗するような色をぶつけます。」

「私は重さのあるものが好き。音楽、映画、食べ物。あまりそういうものは食べない方がいいんでしょうけど、、」ジェニーは笑いながら話します。「例えばどんな音楽を聴くのですか?」との質問に「ワーグナー」と即座に答えます。「それは絵に表れてますね。あなたの絵はすごくドラマチック。」と感心する質問者。ジェニーの絵は確かに絵具が何層にも重ねられ、その人生経験を反映しているかのようです。なぜ油絵の具ではなく、アクリル絵具を使うのか、という質問に、「多くの現代アートにとって本能的感覚は大事な要因です。アクリル絵具は乾くのが速いから、どんどん色を重ねて私のアイデアを試し続けることが可能です。色を重ねていくプロセスに時間がかかる油彩では比較的小さなスケールの作品を制作します。」

ジェニーの新作(細部)

ジェニーの新作(細部)

絵具のバケツの上の油彩の小品

絵具のバケツの上の油彩の小品

「アーティストによっては初めからどういう作品を作ろうというゴールを決めて、その通りのものをきっちり制作する人もいます。私は違います。私の作品はアーティスティックな自由を構築すること。私は意識的に絵の構図を決めようとするより、絵具そのものが形態の配置を決めることに委ねる方を好むのです。私は絵具には根本的に何かを言うことのできる素材だと思っています。」

その時々に世界で何が起きているかなど、いつもニュースは気にかけているというジェニー。「例えば今はテロリズムや難民の問題などすごく気になっています。アートはその時代を少なからず映すもの。それを具体的に表現しようとしなくても、世の中で起きていること、その時代など、なんらかの形で自分の作品にも影響していると思います。」

ジェニー・チェン(左)とアトリエ訪問参加者

ジェニー・チェン(左)とアトリエ訪問参加者

ジェニーは以前台北にもアトリエを持っていました。ほぼ毎年のように台湾で個展をしていたジェニーは、ニューヨークで制作した作品もほとんどを台湾のアトリエに送って、そちらで保管していたとのことです。しかし2012年にビルが火事になり、悲劇的にも彼女のアトリエは全焼。「私はその火事ですべての作品を失いました。それは本当に悲しい出来事で、次に何をしたらいいのか考えに考えました。幸運にもすべての作品はデジタル写真化されていましたし、私は制作のプロセスもまだ覚えています。そして突然すごい思いつきに至り、それで乗り越えられたんです。そうだ、私の作品はみんな仏様のものになったのだと。」

制作のプロセスについて説明するジェニー

制作のプロセスについて説明するジェニー

台湾にアトリエを持っていた時でさえ、ジェニーはこのソーホーのアトリエで制作する方が好きだったと言います。一番大きな理由は、「一人の時間が好きだから。」ジェニーはさらに説明します。「いろんな種類の人がニューヨークにはいて、自分が望めば、色んな人と繋がりを持つこともできます。でも同時にここでは一人になろうとすればそれも可能で、アーティストとして私にはそれはすごく大事なことなんです。私には一人で放っておいてもらえる場所が必要で、だから私はやるべきことに集中できるんです。」

他にこのアトリエで制作する利点は、というと?「ワーグナーやマーラーを大音量で聴きながら制作できる。で誰も文句は言いません。ここは仕事のためのアトリエですから。あとはソーホーはやはり便利。いろんなものが周りにあって、徒歩でどこにでも行けます。IFCシネマのような質の高いアート系映画館がいくつかあるのもそのひとつ。私は思いついた時、ふらっと映画を観にいきます。で2、3時間して帰ってくるとすでに絵具は乾いている。次の絵具がのせられます。すごくいいです。」

ジェニー・チェン

台湾政治大学にて文学を専攻した後、1990年にプラット・インスティテュートにて絵画を学び修士号を取得。ニューヨークと台北に拠点を置き、アメ リカ、アジア、ヨーロッパ等、国際的に活躍、広く作品を発表している。上海美術館、国立台湾美術館、台北市立美術館などが作品を所蔵。最近の主な個展に、 2014年カロ・ギャラリー(台北)2012年イセ・カルチュラルファンデーション(ニューヨーク)、2010年開渡美術館(台北)2008年テンリ・イ ンステテュート(ニューヨーク)などがある。