明石光生 葉隠れ — 裏庭の写真素描

111

2014年12月4日—12月19日

キューレイト:アリソン・ブラッドレイ

オープニングレセプション:12月4日(金)6—8時

イセ・カルチュラル・ファンデーションでは明石光生の個展「葉隠れー裏庭の写真素描」をアリソン・ブラッドレイのキュレートによりフロントスペースにて開催いたします。

明石光生(みお)の写真は、自然に対する尊敬心や静穏さ、荘厳さ、そして優雅さを表現する 。彼女のランドスケープや花、そして樹木のイメージは、日本人としてのバックグラウンドと密接に重なり合う。茶道をたしなんでいることや、神道への造詣も一因なのだろう。このアーティストは自然を絵画的に描写する。そしてその表現は、日本の伝統的な屏風絵や襖絵の系譜と密接につながっている。円熟した彼女のセンシビリティによって写し撮られたコネチカット自生の自然から、大昔の京都や鎌倉を観ることができる。——アリソン・ブラッドレイ

明石光生の作品をネイチャー写真の枠に納めるのはかなり控えめすぎる。彼女の作品は、もっと神秘的である。霧がおぼろげに幾重にも重なってたちこめる、あるカラー作品では、その向こうに何かが隠されているようで、じっと見つめさせられる。あくまでもほのかな色彩が特徴のカラー作品に対して、葉っぱを落とした樹木をとらえたモノクロ写真(”夜のトネリコ I”)は、シンプルシティの極みと言える。−−ガン・メモリアル・ライブラリーにおける展覧会(2014年10/4 – 11/15) の告知 より

葉隠れに散りとどまれる花のみぞ しのびし人に逢ふ心地する                 西行法師

葉隠れの花、葉隠れの月と、万葉の歌人や西行法師は、木の葉の陰に隠れた花や月に幾多の想いを重ね合わせて歌を詠んだ。気づくまでは知られないままでいる葉隠れの美、それを見つける驚き。その象徴的な表現が明石の作品の起点となる。明石光生は日本で生まれ、日本で育つ。関西学院大学英米文学科を卒業後、東京で編集者と翻訳者として出版関係の仕事に就く。1986年にニューヨークに移り、FIT(ファッション・インスティチュート・オブ・テクノロジー大学)でインテリアデザインを専攻し、1991年にファインアーツとのダブル学士号で卒業。ニューヨークにてインテリアデザインに携わる一方で、写真への興味をつのらせ、2000年よりICP(インタナショナル・センター・オブ・フォトグラフィ)でクラスを履修し始める。2003年秋よりコネチカット州北西部リッチフィールド・ヒルズで週末を過ごすようになると、それまで三つに分かれていたランドスケープ、デザイン、そして写真に対する興味が一つに結集した。 明石はこう記す。「 雑多な樹木とうち捨てられた林檎園に囲まれた田舎家でしばらく過ごしていたある夏の午後、鬱蒼と層になった木の葉の陰に、自然がアートフォームを作っているのに気づきました。長年、風雪に晒されて奇怪にねじれた老木の幹や、曲がりくねった枝をめぐらせる老いた林檎の大木が自由奔放な芸術形態となっていたのです。それまでずっと長い間、自分のアート表現を引き出せる手段を探し求めてきました。それが、つい目の前の裏庭に生い茂る、木の葉の陰に隠れていたのです。そのときから裏庭が私の被写体となりました。それまで何年もいくつかの職業を試し、地球を半周してきた旅は、そのとき終わりました。裏庭の木の葉の陰に、アートを見つけたのです」

画像:“夜のトネリコ I”2012、アーカイブ顔料印刷、91cm x 91cm © 2014 Mio Akashi. All rights reserved

大山エンリコイサム Letterscape(レタースケープ)

111

2014年10月17日—11月26日

 

オープニングレセプション:10月17日(金)6—8時
パフォーマンス・イベント:11月8日(土)4—6時

イセ・カルチュラル・ファンデーションでは大山エンリコイサムの個展「レタースケープ」をフロントスペースにて開催いたします。

大 山はこれまで、グラフィティ文化の視覚言語を独自に翻案した「クイック・ターン・ストラクチャー」というモチーフを10年以上にわたり制作の中心に据えて きました。それはグラフィティ文化の核である「名前」を離れ、文字を描線運動に解体し、さらに反復することで抽象造形へと再構成する試みです。

翻っ て本展では、作家は別の角度から文字というメディアに再接近しています。異なる時代や土地で綴られニューヨークに送られたさまざまな手紙や葉書、そして和 紙に毛筆された江戸時代の帳簿など、和洋の異なる素材によってコラージュされた2点組の新作「レタースケープ」は、まさに文字のつらなりや重なりが生みだ す「風景」を、20フィート弱におよぶその幅広の画面に描出しています。活字と異なり、筆記体や草書体などパーソナライズされた手書き文字を中心とするこ の風景は、それを読解し、内容を知ることができるリテラシーをもつ観者と、そうでない観者をそのつど振り分けながら、視覚物でもあり意味素でもある文字の 両義性を、まだら模様のように包みこんでいると言えるでしょう。

また、有象無象の宛名や番地を含む本作は、上空から眺めた都市をどこか想 起 させもします。粉川哲夫はマンハッタンについて「空中から俯瞰すると組み上げた印刷活字群のように見える」という言葉を残していますが、活字のそれが高層 ビルとグリッドの秩序だったマンハッタンだとすれば、筆記体や草書体が織りなす「レタースケープ」は、道ばたの喧噪や行き交う人々のざわめきによって生成 されるもうひとつの——おそらく、よりリアルな——マンハッタンなのかもしれません。そのとき、コラージュされた手紙や葉書の断簡を、都市のなかで聞こえ てくる断片的な音や会話の等価物と考えてみることもできます。

最後にそれは、ポスターを剥がした跡が幾重にもレイヤリングされた「壁」を 彷 彿させます。すると、そこに記された文字たちは壁面に刻まれた落書きのようでもあり、本作にもまたグラフィティ文化との関連性があることがわかります。小 さく埋め込まれた「クイック・ターン・ストラクチャー」には、その関連性を静かに主張する役割が与えられているのです。

画像: “Letterscape #1” (部分、制作過程), ミクスドメディア, 2’9”x19’3”, 2014年

オープニング・レセプション
111
222 333 444

パフォーマンス・イベント
111 222 333