Art View – インタビュー 2

Aneta Glinkowska (アネタ・グリンコウスカ), New York Art Beat 共同設立者

アネタ・グリンコウスカはビジネス・パートナーであり、夫でもある藤高晃右(ふじたか こうすけ)氏と共に、ニューヨークのアート・イベントを網羅した人気情報サイト NY Art Beat を2008年からスタート。イセ・カルチュラルファンデーションNYはアネタをオフィスに招き、NY Art Beatについて、ニューヨークのアートシーン、また自身についてなど、様々な質問を投げかけてみました。

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スーツを着て仕事するような感じではない人たちに常に興味がありました。

ー まずご自身について話してくださいますか?ポーランドの出身ということですが、ニューヨークにいらしたのはいつですか?

1996年に大学に行くためにニューヨークに来ました。私自身はニューヨークに住みたいかどうか分からなかったんですが、せっかくの機会だったので、試しに来てみたんです。

医学部に進むために準備しながらも、写真や映画の授業をたくさんとって、それらがとても楽しくて、大学では写真や映画について考えることが多かったです。

在学中、私はアーティストやアート好きで展覧会のオープニングにしょっちゅう行くような人達と出会い、私もチェルシーのギャラリーに出掛けるようになったのです。当時は90年代後半ですから、チェルシーのアートシーンもまだ始まったばかりといった感じでした。ハイラインみたいな旅行者が集まるエリアでも全くなくて、ビルはずっと粗野でむき出しで、今のような高層ビルなんかもありませんでした。

幼少は、ポーランドの小さな町でアートとは縁のない家庭で育ったので、当時はアートに興味はありませんでした。ただ、自分のまわりのちょっとかわった面白い人たちが好きでした。つまり、スーツを着て仕事するような感じではない人たちに常に興味がありました。

それがTokyo Art Beat(TAB) やNY Art Beat以前の話で、Tokyo Art Beatに関わるようになってから、さらに煩雑にギャラリーに出掛けるようになり、アートの見方も学ぶようになりました。

ー 最初に東京に行ったのはいつですか?東京の印象は?

New York Art Beat (NYAB)のパートナーであり、現在は私の夫でもある藤高晃右がニューヨークの大学に留学していたときに、私達は出会いました。2000年に彼と一緒に東京に行ったのが最初です。多分TABが設立される2、3年前のことだったと思います。私はそれ以来毎年のように東京に行っています。

東京はニューヨークや私が知っていたヨーロッパの都市とは全然違う印象を受けました。 言うまでもないですが、異文化で、生活、建築、どれもがとても違うものだと思いました。でもひどいカルチャーショックは感じなかったですね。眺めるのが楽しかったし、今でも楽しいです。ちょっとした生活程度のコミュニケーションはできますが、社交的な交流をしたりできるほどではないです。だから、今でも観察ばかりしているんです。

最初に東京に行った時は、たしかギャラリーに行ったりはしなかったのですが、何度も出掛けるうちに、ギャラリーや美術館に足を運ぶようになりました。藤高がアートに関する講座を受けたり、アーティストやギャラリストに会ったりするようになったからかもしれません。とにかく私達は東京でギャラリーや美術館を煩雑に訪れるようになりました。私は東京に行く回数が増えるにつれ、文化をできるだけ見るようにしていました。その土地の言葉がわからなくても、アートは見ることができますから。

特に記憶に残っているのは六本木です。多くの人が働いて、大きな美術館がある超高層ビルの六本木ヒルズができる前の六本木は今とはまるで印象が違いました。古いビルばかりで、人ももっと少なくて、ギャラリーが少しあって、でも今と同じように高速道路が横切っていて。

ー Tokyo Art Beat (TAB)について話してくださいますか?またどういうきっかけでTABに寄稿するようになったのですか?

まず Tokyo Art Beat (TAB) がどう始まったのかお話ししましょう。TABは藤高晃右とポール・バロンとオリビエ・テローという2人のフランス人の3人でスタートしました。東京に住んでいた2人の「外人」が、東京のアートやデザインの展覧会情報の英語版があったらいいなと思ったわけです。この2人はプログラマーとデザイナーだったので、自分たちにとって必要で便利なウェブサイトを作ろうということになり、そこに日本人でアートに興味もあり、東京に住んでいた藤高が知り合いの紹介で加わることになりました。そして一緒にやるのなら英語版だけでなく、バイリンガルにしようということになったのです。

彼らがTABをスタートした時、私はまだ大学院で映画を勉強していました。そのクラスのためのレポートを書くことが多かったので、アートについての自分の考えも書いてみようと思ったのです。日本で過ごすことが多くなるにつれ、ギャラリーに行っていろいろ展覧会を見て、TABlogに寄稿するようになりました。一時、3ヶ月から6ヶ月ほど東京に滞在していた時、TABのオフィスに通い始め、映画専攻だったのでビデオを撮ることに興味もあり、多くのアーティストにビデオ・インタビューをしたりもしました。Japan Times ジャパンタイムズに寄稿することもありました。外国人が日本に住んでみると、こういう仕事ができたりします。他の外国人と比較的簡単に知り合うことができて、書く機会ができるんです。これは東京だけではなく、世界中の他の街でもにたような感じではないでしょうか。

ともあれ私には泊まる場所があり、使えるオフィスがあったので、東京とニューヨークを行ったり来たりしていました。こうして私のTABとの関わりはスタートしたのです。

さらに大きなアートシーン、ニューヨークに住んでNYABを始めることにしたのです。

ー いつNYABを始めたのですか?またどのようにスタートしたのでしょう?

私は藤高と2人で2008年にNYABを立ち上げました。当時はウェブサイトだけでしたが。

藤高は以前こちらの学校に行っていたこともあり、帰国後も常にニューヨークに興味を持っていました。彼はニューヨークの巨大なアートシーンに関心を持っていたのです。アートの世界ということでいえば、東京はニューヨークほど巨大ではありません。東京はみんながみんなを知っている、そんな感じだったのです。NYはチェルシー地区だけで300のギャラリーが、他の地区にはさらに多くのギャラリーが存在する規模です。NYABのリストには東京の倍の1000件程度のアート施設が掲載されていて、さらに、東京にはコンテンポラリーギャラリーは少ないですし、Gagosian (ガゴシアン) やPace (ペース)といった巨大ギャラリーは存在しませんから。

というわけで私達はさらに大きなアートシーン、ニューヨークに住んでNYABを始めることにしたのです。

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ー NYABはこの街の実に多くのアート情報を網羅していますが、リストに掲載する情報はどのように収集しているのですか?

通常良いプレスリリースには掲載に必要な情報がすべて含まれています。イベント(展覧会)の内容、いつ始まっていつ終わるか、オープニング・レセプションはいつかなど、その他に写真が一枚。あとはどういった作品なのか、絵なのか、彫刻なのか、写真なのかなど、写真の展覧会だけを見たいとか調べたいといったニーズは強いですから。

今では多くのギャラリーが私達に定期的にプレスリリースを送ってきますから、情報量を心配することはありません。時折、私達に情報を送ってこないギャラリーについては調べなければなりません。私がウェブサイトを管理する限りは、できるだけ多くのイベントを掲載しようと努めています。私達はニューヨークで起こっているすべてのアート情報を網羅しようと努力しています。

ー 2008年のスタート以来NYABには何か大きな変化や発展がありましたか?

2010年にiPhoneが出たのをきっかけに、みんながこぞってアプリを開発し始めました。当初は具体的にアプリを作ろうという計画があったわけではなかったのですが、西海岸のあるプログラマーがNYABのデータでアプリをつくりたいと連絡をくれて、それならと共同開発しました。

NYABのアプリを使えば、「近くの場所」「オープニング・レセプション」などの機能で、どこに行けばいいかすぐわかるようになっています。今では、ユーザーの多くはNYABにウェブがあるのを知らないくらいです。これが一番大きな変化といえます。もちろん他にもいろいろと細かい変更はしていますし、ウェブサイトの見直しも2度ほど行っています。

ー NYABでのあなたの役割はどんなことですか?

基本的には私がウェブサイトのすべてをこなしています。私達のチームはとても小さいので、今現在は私ともうひとり、ウェブのアップデートを手伝ってくれる人のみです。藤高の方は現在昼間、他の会社勤務ですが、バナー広告などビジネス関連で手伝ってくれています。以前は彼が編集作業を手伝ってくれていましたが、今は忙しくてその時間がとれないのが現状です。

その他には誰かがブログ (NYABlog) に寄稿したいというようなことがあれば、その編集もします。

あとは、これは一番楽しい仕事ですが、NYABの代表としてプレス・イベントに出掛けてパブリック公開される前の美術館やギャラリーの展覧会を見るのも私の役割です。

ー アートについての執筆は今もしていますか?

私はニューヨークではほとんど書いていません。ニューヨークではアート・ライティングに関してより競争が激しく、執筆だけを専門にしている人も多いですし、自分もいろいろと忙しいですしね。

ー アートの執筆に関してニューヨークと東京の違いは?

日本のメディアが どのようにアートについて書いているかを、私はあまり話せる立場にはいません。ただ私が思うにはそれほど盛んではなさそうです。自分が知っているのは美術手帖くらいでしょうか。NY Times (ニューヨーク・タイムズ)のような新聞は日本にはないですし、日本で質の高いアート評論を載せている新聞は私が聞いた限りではほとんどないよう思えます。

一方ここではニューヨーク・タイムズを筆頭にthe New Yorker (ニューヨーカー)、Village Voice (ヴィレッジヴォイス)等、各新聞社が専門のアートライターを抱えています。その上、ニューヨークには大勢のブロガーがいて、Hyperallergic (ハイパーアラージック)、Art F City (アート・ファグ・シティー)、Observer’s Gallerist (オブザーバー・ギャラリスト) などのブログではアートが非常に深く真剣に取り上げられています。

多分東京でも同じようなことは起こっていると思いますが、ニューヨークほどではないと思います。

ーあなたは東京もニューヨークも知っているわけですが、それぞれのアートシーンについて語ってくださいますか?

まずニューヨークは世界で一番巨大なアートシーンといえるでしょう。ありとあらゆる種類のギャラリーが存在します。Gagosian (ガゴーシアン) や Gladstone (グラッドストーン) Hauser & Wirth (ハウザー&ワース)といった大規模な有名ギャラリーから小さなものまでチェルシーには無数のギャラリーがあります。でも小規模なギャラリーはこのところロウアーイーストサイドもしくはチャイナタウンに移動しつつあります。ハーレムに移るギャラリーもあります。ブルックリンのブッシュウィック地区にもアーティストが運営するようなギャラリーがいくつもあります。ただ、ブッシュウィックは急にアーティストや若者に人気のエリアになってしまい、家賃がどんどん上がって、ギャラリーが引っ越すにも高すぎる状況になっています。Luhring Augustine (ルーリング・オーグスティーン)という大きいギャラリーが数年前にギャラリーを開けて以降、主なギャラリーは移っていません。

過去数十年、ニューヨークではいつも特定のエリアがアートのための地域になる傾向があり、そういうブームが始まると、一カ所に多くのギャラリーが集りがちです。イースト・ヴィレッジ、ソーホーと移り、チェルシーに行き着いて、今はロウアーイーストサイドとチャイナタウンです。エリアはロウアーイーストサイドに始まり、だんだんとチャイナタウンに移ってきました。もうひとつの大きなエリアはブッシュウィックです。ブルックリンでは私達がNYABを始めた当時にはウィリアムズバーグがアートの中心でしたが、現在はブッシュウィックに移っています。それにつれて、NYABでもエリアの名前を変更しました。ウィリアムズバーグを切り開いたともいえるPierogi gallery (ピロギ・ギャラリー)が2016年3月にとうとうローワーイーストサイドに引っ越したのは象徴的です。あとは、アッパーイーストサイドにもエスタブリッシュされた大御所ギャラリーがたくさんあります。

それに対して東京はどうかというと小さい所が多いです。TABには多くのアート会場が網羅されているのですが、 専門のギャラリーだけでなく、たくさんのカフェ、時々アートを展示するスペースも多く、それを含めても数で言えば東京はニューヨークの半分といったところでしょう。あとは東京のギャラリーというのはあまり一カ所に集中していません。ひとつのビルに2つのギャラリーがあって、別のビルにまたひとつギャラリーがあるといった具合に。ですからもしギャラリー巡りをしたいと思っても、3つのギャラリーをまわった後、30分電車に乗って別のエリアに出掛けるという感じにならざるをえません。

その点、ニューヨークではひとつのエリアに行くだけで1日でも見切れないくらい多くのギャラリーをまわることが可能ですね。

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私達はアーティストではない。でもアートについて書き、展覧会のリスティング作業もする。

あなた自身のお気に入りのギャラリー、美術館などあったら教えてください。

いくつかの場所は以前面白かったのに、変わってしまうということもよくあります。でも私がいつもあげるのは Sculpture Center「スカルプチャー・センター」です。ここはクイーンズ区、ロングアイランドシティーの古いビルにあります。もちろんスペースは改装しているのですが、古い雰囲気が依然として残っています。地下に行くと、独特の湿った古い地下の匂いがします。そういったスペースで彼らが企画する展覧会はいつも興味深い面白いものです。ここは美術館のような非営利ギャラリーのようなスペースですね。

18ストリートにある Hauser & Wirth「ハウザー&ワース」も好きです。アッパーイーストサイドのギャラリーはいわゆる普通のスペースですが、18ストリートの方は本当に巨大で、もとはスケートリンクがあるクラブだったスペースです。改装後もその名残をとどめていて、とにかく広いオープンな空間です。展覧会によっては仕切ったりもしますが、もちろんのこの大空間を生かした巨大なインスタレーションの展覧会も開催します。あとこのギャラリーの面白い所は、ギャラリー内にBar Rothがあり、ギャラリーが開いている時はいつでも無料でエスプレッソが飲めることです。これはもともとドイツ人アーティストのディーター・ロスとビョーン・ロス Dieter Roth and Björn Rothのアートプロジェクトで、 展覧会終了後、「このまま残して、来てくれる人には誰にでもエスプレッソをふるまってほしい」とのアーティストの希望で、常設展示のような形で残ったそうです。もちろんオープニング・レセプションの際にはワインが出されますが、普通の日は、ふらりとギャラリーに行って、バーに座り、エスプレッソを頼むことができるんです。面白いですよね。これは昔ながらのコミュニティーに対するサービスともいえます。

コミュニティーへの還元ということでいえば、Pace Gallery「ペース」もいいです。ペースは古くからある有名なギャラリーですが、私が好きなのは、このギャラリー、オープニング・レセプションですごくいい白ワインをちゃんとグラスで出すという点なんです。行くととてもいい気持ちがします。他の大きなギャラリーはそういうことをやめてしまいました。オープニングが混みすぎたり、そもそもそういうことなどお構いなしだということもあるでしょう。Chaim & Read gallery もいいですよ。プラスチックのコップですけど(笑)。

他にもたくさんのお気に入りの場所があります。例えばメトロポリタン美術館には Cloisters クロイスターズという別館があります。そこに行くこと自体がとても素敵で、地下鉄に乗っていくことができ、駅からはハドソン川を眺めながらハイキングに出掛けるような感じです。私は家族で何度も行っています。

あなたはNYABのブログで自身を「アートワーカー」と呼んでいますが、「アートワーカー」とはどういうことか話してくださいますか?また、あなたのゴールは?

「アートワーカー」という言葉は私のアイデアではありません。ハイパーアラージックの創業者のHragが自分のことを「アートワーカー」と呼んでいて、私はそれは、社会主義的な感じですばらしい名称だと思いました。私達はアーティストではない。でもアートについて書き、展覧会のリスティング作業もする。私達は退屈とも思えるこういう仕事をこなしています。

時々もっとクリエイティブなこと、特にアートや文化についての動画などを作りたいと思ったりもします。でも多くのギャラリーがある限り、私はNYABをとにかく続けていきたいし、この街を動き回っていたいと思います。理想的には、もっとこの街のアートについてのレビューやインタビューを充実させたいですが、でも結局のところ、このウェブとアプリが作られた根本的なこと、つまりアートリスティングをしっかりやることこそが私たちの仕事だと思っています。ユーザーはNYABのアプリケーションがちゃんと機能し、いつもイベント欄にたくさんの情報が載っていることを望んでいます。ですから信頼できる情報源として、NYABのウェブサイトとアプリを運営すること、それが私の今の一番重要なことです。もしもうちょっと何かできそうなら、やってみたいと思っていますけど。

インタビュー/邦訳:皿井まゆみ (ISE Cultural Foundation NY)

邦訳:藤高晃右 (NY Art Beat)

Art View – インタビュー

Lovina Purple, Curator (ロビーナ・パープル、キュレーター)

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ロビーナ・パープル 、自身の「BEIGE!」展にて

ロビーナ・パープルは独立キュレーター。2014年にはISE PECプログラムの受賞者として、12人の女性アーティストをキュレートした展覧会 “ Right amount of Wrong” 「正しい量の誤り」を開催しました。パープルは現在、新たな展覧会 “BEIGE!”ベージュ」をSOHOHEREartにて開催中。そんな彼女の展覧会をある3月の午後に訪ね、展覧会のこと、またより突っ込んだ質問を投げかけてみました。会場を訪れると、まずはJacobus Caponeの3つのモニターから成る、奇妙に美しいビデオ作品が現れ、その作品に導かれるように階段を下りていきます。扉を開けると、どちらかというと小さめな地下のギャラリー・スペースは「ベージュ」の世界に塗り替えられています 。パープルとの会話はMichael Kuklaの作品から始まりました。

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Michael Kuklaの作品 (細部)

この作品は全部マスキングテープで出来ています。会場を訪れた人達がこの作品を見て、なんだろうと近づいてみて、素材がわかって驚く様子を見るのはとても楽しい。この作品は成長したんです。というのも、彼は最初もっと小さなバージョンを作っていたのだけれど、どんどん大きくしていった。私が最初に彼の作品に出会ったのはチェルシーにあるDM Contemporaryというギャラリーで、もう何年も前のこと。見た後で、「いつか将来このアーティストと一緒に展覧会をやってみたい」と心の中に留めていました。私は元々彼の違う作品を使いたかったのです。 石と木を彫って作られていたもっと彫刻的な作品で、私はすでに見ていたのですが、これとは違う雰囲気を持っていました。私が展覧会のアイデアを彼に話すと、「僕は新しいプロジェクトを進めているところ。見てみる?」との返事。進行中の画像を見せてもらい、「これは展覧会にぴったりマッチする。これで行こう。」とゴーサインを出しました。一種のコラボレーションともいえます。彼が新作を作っている間、私はとにかく信じるしかないわけで。でも彼がこれを作ってくれて本当によかったと思います。素晴らしい作品です。

この展覧会のアーティストの多くはいつももっと大きな作品を作っているのですが、この会場ではあまり大きなものは展示できません。Aaron Habaのほとんどの作品も通常もっと大きいのですが、彼はちょうど壁かけの彫刻を2つほど作っていたところで、これはその1つ。最新の作品で、まだどこでも公開していないものです。

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Aaron Habaの作品(細部)

「ベージュ」というのはすごくネガティブなイメージを植え付けられている色。

この展覧会「ベージュ」のコンセプトは?

アイデアは私がインテリア・デザインの仕事をしていた経験から来ています。私はインテリア業界でしばらく仕事をしていたのですが、その業界ではベージュというのはとにかく評判の悪い色。色ではない色、順位でいったら一番下。ベージュは誰も使わない色、誰も見たくも聞きたくもない色、退屈で鈍いというイメージでした。ベージュというのはすごくネガティブなイメージを植え付けられている色なのに、この展覧会で紹介しているアーティストは、この色を使って美しくとても興味深い作品を作っています。

色がいくつもの作品をまとめ、質感や意味といったものを前面に押し出してくれるのです。私はすべての作品が同じトーンになることを避け、かなり薄いものから濃いバージョンまでの様々なベージュの展覧会になっています。

面白いのは、ちょうど展覧会の時に黒と青のドレスの写真 the photo of the dress that was black and blue がインターネットですごく話題になったことです。誰かが撮ったドレスの写真が、果たして黒と青の縞なのか、金色と白なのかで騒然となりました。それは人がどう見たかによるのですが、黒と青に見える人と、金と白に見える人が半々に分かれました。ちょうどこの展覧会の展示作業をしている時に、その色の話題が出てきて面白いなと思いました。

人はその横にどんな色がくるかによって、色の見え方が違うし、違う色だと思うようです。だからこの展覧会では、同じ色をある人は「ベージュ」と呼び、別の人は「違う。カーキよ。」と主張する。「いえ、これはクリーム」という人もいれば、「これはタン。」と言う人もいる。人がどういう定義をするのか聞くのはとても興味深いし面白いです。

この展覧会のアイデアはどこから来ているのですか?特定のアーティストの作品が頭にあって、そこからアイデアが広がっていったのですか?

時々「この人と展覧会をやってみたい」と思わせるような作品に出会って、その作品を軸に考えることは確かにあります。でもこの展覧会に関していえば、たくさんの作品を見る中で、ある共通したパターンを見つけたことが始まりです。私が見てきたアーティストの作品、全部とは言わなくても、少なくとも一部は、この色系統だったのです。それが展覧会のアイデアをひねり出す助けになっています。だから特定のアーティストに刺激を受けたことと、多くのアーティストの作品の共通点に気づいたことの両方ですね。

この作品の横にはあの作品は展示しない、なぜなら全然違うから、と人が思うような意外な展示、最終的には私がしたいのはそういう展覧会です。例えばひとつは精巧なドローイングで、もうひとつはもっと構造的な立体作品というような。それでも、ほんの小さな細部の似た形やフォームが、一見違う作品を結びつける。私はこういう小さなものが、すべての展覧会で流れていてほしいのです。ひとつからもうひとつへ、細部から細部へ伝播していくように。だから誰かが展覧会を見に来て、その全部を楽しんでくれたとしたら、それは最高の賛辞で、それがいつも最終的なゴールですね。

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Stephanie Beck (上, 細部)とMikhail Gubin の作品(下)

なぜ誰か他の人がやるのを待っている必要があるでしょう?

どのようにキュレートを始めたのですか? 何かきっかけがあったのですか?

私が初めてキュレートした比較的大きな展覧会は2011年。実は私自身出掛けていっても、自分が見たいと思うような展覧会がほとんどないというフラストレーションからスタートしたんです。こんなに多くの素晴らしいアーティストを知っているのだから、彼らの作品はもっと取り上げられるべきだと。なぜ誰か他の人がやるのを待っている必要があるでしょう?私がやれる、と思ったんです。本当にそれがきっかけです。私は自分が楽しめるタイプの展覧会を作り出して、他の人ともその経験をシェアできたらと思ったんです。

私がキュレートをする時は、作品同士がユニークな方法で関連するメッセージ、あるいは視点といったものをいつも大切にするようにしています。私は手仕事や技術、そして美的感覚を讃える展覧会をしたい。現代アートの世界では一般的にコンセプチャルな作品が強調される傾向にあります。それはそれで良いことだし、そういった作品が見られることは大事です。でも違うタイプの作品にももっと発表の機会が与えられるべきだと思います。

とても幸運なことに私はいくつかチャンスを得て、自分のアイデアを発表することができました。これからもこのプロセスを楽しみながら、更なるアイデアをどんどん応募していくつもり。常に私の頭の中には5、6個のアイデアが浮かんでいて、次の機会を待っているのです。

あなたのバックグラウンドとキュレートの仕事との関連について話してくれますか?

私はアートを勉強してインテリアの仕事をしていました。でもこの質問を リストで見た時、大学生の頃カリフォルニアで4、5年やっていた仕事のことを考えたんです。ちょっと無茶苦茶だと思われるかもしれませんが、それはバックパックやラフティング(いかだ乗り)といったアウトドア冒険ツアーに観光客を連れていく仕事でした。一見全然違うように思えますよね。でも結構キュレートの仕事に似た部分が多い。もし冒険ツアーのオーガナイザーだとしたら、その仕事はみんなが思い出になるような経験を作り出すこと。そしてそういうツアーに参加する人はもうすでに似たようなアウトドアの経験があるでしょうから、さらに特別なものにしなくてはならない。

私はこの考えをキュレーターとしてのゴールにしています。私はアーティストに自分が参加している展覧会を気持ちよく思ってほしいし、見てくれる人にも楽しんでもらいたい。そしてそれは印象深く、特別な経験であってほしいのです。だからキュレートは全然違うことのようにみえますが、実はとても似ています。少なくともやらなければいけない計画や編成といった部分でいえば、冒険ツアーの 経験が、随分 キュレーターの仕事に役立っていると言えます。

どのようにアーティストを探すのですか?

いろんな方法を駆使して組み合わせて探します。実を言うと、私はオンライン・レジストリーがとても好きで利用しています。理由はいくつかありますが、まずオンライン・レジストリーに登録しているアーティスト はまだどこのギャラリーにも所属していないことが多い。そしてまだ2、3の展覧会しかやっていなくて、レジメ(経歴)も長くない。そういうアーティストを探すのには最適です。でも短所もあります。一旦登録すると、何年もそのまま情報をアップデイトしていない人も多いから。だからよく見ないとダメですね。でも誰か新しいアーティスト、若いアーティスト、自分の街では発表していないアーティストを探すのには、すごくいい方法だと思います。ニューヨークには結構たくさんのレジストリーがあるけれど、私は常に新しいリスト、他のエリアのレジストリーも探しています。

時々もっと深く調べる必要があるので、アーティスト本人のウェブサイトを見たり、スタジオを訪問する計画を立てたり、もし「これは」というアーティストに展覧会の予定があれば見に行ったりもします。

もちろん展覧会やアートフェアにも常に積極的に出掛けています。それも新しい何かに出会う方法ですから。

でも 新しいアーティストの発掘にはオープン・スタジオが私の一番お気に入りの方法といえますね。

昔ながらの誰かが他の誰かを紹介するというのも、すごく助けになります。時々アーティストが自分とスタジオをシェアしている人や 、ルームメイトを紹介してくれることがあります。そういう個人的な推薦というのは常に有り難いし、新しいものに目を開くチャンスだったりします。この展覧会の Babs Reingold にはイセ・ギャラリーで会ったんですよ。彼女の展覧会がすごく良かったので、この展覧会でもぜひ彼女に出してほしかった。彼女はキュレートするのがすごく簡単でした。というのも、ほとんどすべての彼女の作品はこの色合いで、かなりの量のとても質の高い作品がありますから。

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Abby Goldstein (左)と Babs Reingold (右)の作品

大事なのはアーティストをサポートし、とにかくいい展覧会を作り出すこと。

どのようにアーティストにアプローチするのですか?

もしそれが何かに応募するような場合、普通はこんなふうに言います。「私は新進キュレーターで、こんなアイデアがあり、応募する企画にぜひあなたの作品を使いたい。できたら私が使いたいのはこれらの作品で、展覧会の時期はこのようになる可能性があって、それは今から2年後かもしれない。興味がありますか。」そんなふうにとにかく会話を始めます。作品はもう売れてしまっている可能性もあるし、他のギャラリーとの契約がある場合もありますから、私はバックアップの企画も常に考えています。プランB、プランC、プランDといったように。バックアップ・プランがあるというのはいつも大切なことです。何か起こりますからね。

この展覧会でも私にはぜひ一緒に仕事したいと思っていたアーティストがいたのですが、彼女の作品は売れてしまった。それはアーティストにとっては素晴らしいことです。でも彼女は陶芸のアーティストで、新作をすぐに作れるというわけではありませんでした。新しい作品を作るのには時間がかかりすぎて、展覧会には間に合わないのです。結局今回は彼女を外すしかありませんでした。だからといって、将来もうそのアーティストは使わないという意味ではないのです。何か起こる可能性は常にあるわけで、いつもその時のために準備しておかなければいけないだけです。

独立キュレーターにとって最も難しいことは何ですか?

もし特定のギャラリーや美術館などに属して仕事していない場合、一番大変なことは、保障のないことにコミットしてくれるようアーティストに頼むことです。きちんとした日時が決まってないものに約束できない、というアーティストがいる事情もわかります。それはそれでいいのです。私は必要に応じて変更していく柔軟性がありますから。

この展覧会でもひとりのアーティストは最初インスタレーションをやるはずでした。でも彼女にはここに来て制作する時間がなかった。それも理解できます。私はみんなと一緒に仕事し、誰にとっても最適の解決策を見つける柔軟性があります。別の例では、展示予定の作品が壊れてしまったこともありました。でもそういうことって起きるのです。大事なのはアーティストをサポートし、とにかくいい展覧会を作り出すことだと思います。

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ロビーナ・パープル、Michael Kuklaの作品の前にて。

難しいアーティストはどうしたら私がより良いキュレーターになれるのか教えてくれる。

キュレーターにとって展覧会の機会を見つけるのは難しいですか?

以前より増えていると思います。アーティストと同じことですが、機会を探して自分がやりたい所にアプローチしなければいけません。自分で自分の道を作っていくというか。

新進キュレーターとして、私はそういう機会にすごく感謝しています。なぜなら、レジメ(経歴)が短いと、すぐに「ダメ、あなたには十分な経験がない」って言われがちですから。機会があることで次に繋がっていきます。

毎回展覧会の時に10人くらいの人が私に言ってくるんです。「あそこにアプローチするべき」とかそういった情報や助言を。すごく嬉しいですね。そういう人は私がキュレーターを続けることを応援してくれているし、それはいい兆候だと受け止めています。

予算は?

私の殆どの展覧会は非営利の会場で、予算もとても少ないのが現実です。私は常にとりあえずアーティストの交通費だけはなんとか出すようにしています。それは重要だと思います。ほとんどの場所はアーティスト自身に経費を負担させているのが現状ですから。

もし私にもっと大きな予算があれば、地元以外にも目を向けられます。とても大きな可能性が開けてきますから、考えただけでエキサイティングですね。私は何か新しいものを観客に見せるのが好きですから、例えばすごく田舎に住むアーティストをニューヨークに連れて来て展覧会をする、そんなこともしてみたいです。

一緒に仕事をするのが難しいアーティストとは?

過去に一緒に仕事をしたアーティストに関していえば、私はラッキーだったと思います。みんなすごく柔軟に対応してくれました。

もちろん常に難しいタイプの質問をしてくるアーティストもいます。私は以前ある展覧会のために作品をニューヨークからニュージャージーへ輸送するのを手伝っていました。そのアーティストは私が考えもしなかった質問をしてきたのです。彼女の質問は保険に関することで、作品輸送の際、ギャラリーが作品に保険をかけてくれるのかというものでした。非常にいい質問です。私はギャラリーで働いているわけではありませんから、そういったギャラリーのポリシーに関する質問に即答できないのですが、調べるのは私の役目です。そのアーティストは本当に多くの質問をしてきて、そのどれもがいい質問だった。その経験で私はいろんなことを学びました。だから、あるアーティストが他に比べてすごく几帳面で、より多くの質問をしてくるということは別に問題ではありません。すべてが私にとっては勉強になるからで、感謝しています。難しいアーティストはどうしたら私がより良いキュレーターになれるのか教えてくれるのです。バランスの問題ですね。苦労しなければ学ぶことも限られてくるわけですから。

あなたは女性アーティストを多く起用しますが、何か理由があるのですか?

そう、私はたくさんの女性アーティストを起用していますが、特に意識してそうなったわけではないです。

特にこの展覧会では、女性アーティストの起用はキュレートの狙いのひとつというわけではないです。私はただ単に展覧会のテーマに沿った作品 、他の作品とうまく調和する作品を探していただけです。たまたま全員で10人のアーティストのうち、男性アーティストが3人だけという結果になった。

でも私は女性のアートが好きな傾向はあるみたいで、それはそれで構わないと思っています。なぜなら一般的には女性アーティストはまだ男性と同等レベルでは取り上げられていませんから、私は喜んで彼女達に機会を提供したいと思います。もともと私がキュレーターになろうと思ったひとつのきっかけも、大きく取り上げられる機会がないアートに光をあてたいからでした。アートの世界では未だに男性、女性の機会がアンバランスです。もし私がその割合をほんの少しだけでも変えることができるのなら、もちろん女性を起用します。

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ロビーナ・パープル 、自身の「BEIGE!」展にて

重いトピックと軽いトピックのバランスをうまく取って、違うタイプのアーティストを一緒に見せたい。

将来的にやりたい展覧会の企画は?

今のところまだ実現が決定している展覧会はありませんが、いくつかの企画が通るかどうか結果を待っている段階です。

ひとつはもっと政治的な問題をベースにしたアイデアで、これは来年の大統領選に触発された企画かもしれません。ちょっと暗い問題ですが、私はアメリカの銃社会に関する展覧会をしたいと強く思っているのです。銃のトピックは、とんでもない悲劇が起こったすぐ後は議論も盛んになるのに、そのうちどこかに消えてしまう。アーティストはこのトピックについて非常に興味深い問題提起をしています。このプロジェクトで起用したいアーティストはすでに何人か見つけました。

他にもぜひ採用されるように願っている企画があって、その企画のアーティストは非常にエキサイティングです。それはどういったタイプの素材を彼らが使うかに焦点をあてた展覧会で、男性的なものと女性的なもののバランスがテーマです。

私は重いトピックと軽いトピックのバランスをうまく取って、違うタイプのアーティストを一緒に見せたいと思います。

それが今の展望ですね。

キュレーターとしてのあなたのゴールは?

それはいい質問ですね。私は今年のアートフェアで Spring Break Art Show を見て、すごく面白かった。これはキュレーターにスポットをあてたフェアで、いつか将来何か関わってみたいと思います。

あとは何カ所かでの展覧会や巡回展といった、もっと規模の大きな展覧会を手がけてみたいですね。そういうのがゴールといえばゴール。

ただどこかの美術館やギャラリーに属してとなると条件次第です。私は独立キュレーターとして自由に仕事できるのが好きですから。でも、もし自分に合った場所で、 展覧会に関するクリエイティブな自由があるのならば、もちろんそれも考慮に入れたいと思います。

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ロビーナ・パープルのキュレートによる、ISE NYギャラリーで2014年に開催された展覧会 “Right Amount of Wrong” (正しい量の誤り)の展示風景

 インタビュー/邦訳:皿井まゆみ (ISE Cultural Foundation NY)