Art View – インタビュー 2

Aneta Glinkowska (アネタ・グリンコウスカ), New York Art Beat 共同設立者

アネタ・グリンコウスカはビジネス・パートナーであり、夫でもある藤高晃右(ふじたか こうすけ)氏と共に、ニューヨークのアート・イベントを網羅した人気情報サイト NY Art Beat を2008年からスタート。イセ・カルチュラルファンデーションNYはアネタをオフィスに招き、NY Art Beatについて、ニューヨークのアートシーン、また自身についてなど、様々な質問を投げかけてみました。

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スーツを着て仕事するような感じではない人たちに常に興味がありました。

ー まずご自身について話してくださいますか?ポーランドの出身ということですが、ニューヨークにいらしたのはいつですか?

1996年に大学に行くためにニューヨークに来ました。私自身はニューヨークに住みたいかどうか分からなかったんですが、せっかくの機会だったので、試しに来てみたんです。

医学部に進むために準備しながらも、写真や映画の授業をたくさんとって、それらがとても楽しくて、大学では写真や映画について考えることが多かったです。

在学中、私はアーティストやアート好きで展覧会のオープニングにしょっちゅう行くような人達と出会い、私もチェルシーのギャラリーに出掛けるようになったのです。当時は90年代後半ですから、チェルシーのアートシーンもまだ始まったばかりといった感じでした。ハイラインみたいな旅行者が集まるエリアでも全くなくて、ビルはずっと粗野でむき出しで、今のような高層ビルなんかもありませんでした。

幼少は、ポーランドの小さな町でアートとは縁のない家庭で育ったので、当時はアートに興味はありませんでした。ただ、自分のまわりのちょっとかわった面白い人たちが好きでした。つまり、スーツを着て仕事するような感じではない人たちに常に興味がありました。

それがTokyo Art Beat(TAB) やNY Art Beat以前の話で、Tokyo Art Beatに関わるようになってから、さらに煩雑にギャラリーに出掛けるようになり、アートの見方も学ぶようになりました。

ー 最初に東京に行ったのはいつですか?東京の印象は?

New York Art Beat (NYAB)のパートナーであり、現在は私の夫でもある藤高晃右がニューヨークの大学に留学していたときに、私達は出会いました。2000年に彼と一緒に東京に行ったのが最初です。多分TABが設立される2、3年前のことだったと思います。私はそれ以来毎年のように東京に行っています。

東京はニューヨークや私が知っていたヨーロッパの都市とは全然違う印象を受けました。 言うまでもないですが、異文化で、生活、建築、どれもがとても違うものだと思いました。でもひどいカルチャーショックは感じなかったですね。眺めるのが楽しかったし、今でも楽しいです。ちょっとした生活程度のコミュニケーションはできますが、社交的な交流をしたりできるほどではないです。だから、今でも観察ばかりしているんです。

最初に東京に行った時は、たしかギャラリーに行ったりはしなかったのですが、何度も出掛けるうちに、ギャラリーや美術館に足を運ぶようになりました。藤高がアートに関する講座を受けたり、アーティストやギャラリストに会ったりするようになったからかもしれません。とにかく私達は東京でギャラリーや美術館を煩雑に訪れるようになりました。私は東京に行く回数が増えるにつれ、文化をできるだけ見るようにしていました。その土地の言葉がわからなくても、アートは見ることができますから。

特に記憶に残っているのは六本木です。多くの人が働いて、大きな美術館がある超高層ビルの六本木ヒルズができる前の六本木は今とはまるで印象が違いました。古いビルばかりで、人ももっと少なくて、ギャラリーが少しあって、でも今と同じように高速道路が横切っていて。

ー Tokyo Art Beat (TAB)について話してくださいますか?またどういうきっかけでTABに寄稿するようになったのですか?

まず Tokyo Art Beat (TAB) がどう始まったのかお話ししましょう。TABは藤高晃右とポール・バロンとオリビエ・テローという2人のフランス人の3人でスタートしました。東京に住んでいた2人の「外人」が、東京のアートやデザインの展覧会情報の英語版があったらいいなと思ったわけです。この2人はプログラマーとデザイナーだったので、自分たちにとって必要で便利なウェブサイトを作ろうということになり、そこに日本人でアートに興味もあり、東京に住んでいた藤高が知り合いの紹介で加わることになりました。そして一緒にやるのなら英語版だけでなく、バイリンガルにしようということになったのです。

彼らがTABをスタートした時、私はまだ大学院で映画を勉強していました。そのクラスのためのレポートを書くことが多かったので、アートについての自分の考えも書いてみようと思ったのです。日本で過ごすことが多くなるにつれ、ギャラリーに行っていろいろ展覧会を見て、TABlogに寄稿するようになりました。一時、3ヶ月から6ヶ月ほど東京に滞在していた時、TABのオフィスに通い始め、映画専攻だったのでビデオを撮ることに興味もあり、多くのアーティストにビデオ・インタビューをしたりもしました。Japan Times ジャパンタイムズに寄稿することもありました。外国人が日本に住んでみると、こういう仕事ができたりします。他の外国人と比較的簡単に知り合うことができて、書く機会ができるんです。これは東京だけではなく、世界中の他の街でもにたような感じではないでしょうか。

ともあれ私には泊まる場所があり、使えるオフィスがあったので、東京とニューヨークを行ったり来たりしていました。こうして私のTABとの関わりはスタートしたのです。

さらに大きなアートシーン、ニューヨークに住んでNYABを始めることにしたのです。

ー いつNYABを始めたのですか?またどのようにスタートしたのでしょう?

私は藤高と2人で2008年にNYABを立ち上げました。当時はウェブサイトだけでしたが。

藤高は以前こちらの学校に行っていたこともあり、帰国後も常にニューヨークに興味を持っていました。彼はニューヨークの巨大なアートシーンに関心を持っていたのです。アートの世界ということでいえば、東京はニューヨークほど巨大ではありません。東京はみんながみんなを知っている、そんな感じだったのです。NYはチェルシー地区だけで300のギャラリーが、他の地区にはさらに多くのギャラリーが存在する規模です。NYABのリストには東京の倍の1000件程度のアート施設が掲載されていて、さらに、東京にはコンテンポラリーギャラリーは少ないですし、Gagosian (ガゴシアン) やPace (ペース)といった巨大ギャラリーは存在しませんから。

というわけで私達はさらに大きなアートシーン、ニューヨークに住んでNYABを始めることにしたのです。

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ー NYABはこの街の実に多くのアート情報を網羅していますが、リストに掲載する情報はどのように収集しているのですか?

通常良いプレスリリースには掲載に必要な情報がすべて含まれています。イベント(展覧会)の内容、いつ始まっていつ終わるか、オープニング・レセプションはいつかなど、その他に写真が一枚。あとはどういった作品なのか、絵なのか、彫刻なのか、写真なのかなど、写真の展覧会だけを見たいとか調べたいといったニーズは強いですから。

今では多くのギャラリーが私達に定期的にプレスリリースを送ってきますから、情報量を心配することはありません。時折、私達に情報を送ってこないギャラリーについては調べなければなりません。私がウェブサイトを管理する限りは、できるだけ多くのイベントを掲載しようと努めています。私達はニューヨークで起こっているすべてのアート情報を網羅しようと努力しています。

ー 2008年のスタート以来NYABには何か大きな変化や発展がありましたか?

2010年にiPhoneが出たのをきっかけに、みんながこぞってアプリを開発し始めました。当初は具体的にアプリを作ろうという計画があったわけではなかったのですが、西海岸のあるプログラマーがNYABのデータでアプリをつくりたいと連絡をくれて、それならと共同開発しました。

NYABのアプリを使えば、「近くの場所」「オープニング・レセプション」などの機能で、どこに行けばいいかすぐわかるようになっています。今では、ユーザーの多くはNYABにウェブがあるのを知らないくらいです。これが一番大きな変化といえます。もちろん他にもいろいろと細かい変更はしていますし、ウェブサイトの見直しも2度ほど行っています。

ー NYABでのあなたの役割はどんなことですか?

基本的には私がウェブサイトのすべてをこなしています。私達のチームはとても小さいので、今現在は私ともうひとり、ウェブのアップデートを手伝ってくれる人のみです。藤高の方は現在昼間、他の会社勤務ですが、バナー広告などビジネス関連で手伝ってくれています。以前は彼が編集作業を手伝ってくれていましたが、今は忙しくてその時間がとれないのが現状です。

その他には誰かがブログ (NYABlog) に寄稿したいというようなことがあれば、その編集もします。

あとは、これは一番楽しい仕事ですが、NYABの代表としてプレス・イベントに出掛けてパブリック公開される前の美術館やギャラリーの展覧会を見るのも私の役割です。

ー アートについての執筆は今もしていますか?

私はニューヨークではほとんど書いていません。ニューヨークではアート・ライティングに関してより競争が激しく、執筆だけを専門にしている人も多いですし、自分もいろいろと忙しいですしね。

ー アートの執筆に関してニューヨークと東京の違いは?

日本のメディアが どのようにアートについて書いているかを、私はあまり話せる立場にはいません。ただ私が思うにはそれほど盛んではなさそうです。自分が知っているのは美術手帖くらいでしょうか。NY Times (ニューヨーク・タイムズ)のような新聞は日本にはないですし、日本で質の高いアート評論を載せている新聞は私が聞いた限りではほとんどないよう思えます。

一方ここではニューヨーク・タイムズを筆頭にthe New Yorker (ニューヨーカー)、Village Voice (ヴィレッジヴォイス)等、各新聞社が専門のアートライターを抱えています。その上、ニューヨークには大勢のブロガーがいて、Hyperallergic (ハイパーアラージック)、Art F City (アート・ファグ・シティー)、Observer’s Gallerist (オブザーバー・ギャラリスト) などのブログではアートが非常に深く真剣に取り上げられています。

多分東京でも同じようなことは起こっていると思いますが、ニューヨークほどではないと思います。

ーあなたは東京もニューヨークも知っているわけですが、それぞれのアートシーンについて語ってくださいますか?

まずニューヨークは世界で一番巨大なアートシーンといえるでしょう。ありとあらゆる種類のギャラリーが存在します。Gagosian (ガゴーシアン) や Gladstone (グラッドストーン) Hauser & Wirth (ハウザー&ワース)といった大規模な有名ギャラリーから小さなものまでチェルシーには無数のギャラリーがあります。でも小規模なギャラリーはこのところロウアーイーストサイドもしくはチャイナタウンに移動しつつあります。ハーレムに移るギャラリーもあります。ブルックリンのブッシュウィック地区にもアーティストが運営するようなギャラリーがいくつもあります。ただ、ブッシュウィックは急にアーティストや若者に人気のエリアになってしまい、家賃がどんどん上がって、ギャラリーが引っ越すにも高すぎる状況になっています。Luhring Augustine (ルーリング・オーグスティーン)という大きいギャラリーが数年前にギャラリーを開けて以降、主なギャラリーは移っていません。

過去数十年、ニューヨークではいつも特定のエリアがアートのための地域になる傾向があり、そういうブームが始まると、一カ所に多くのギャラリーが集りがちです。イースト・ヴィレッジ、ソーホーと移り、チェルシーに行き着いて、今はロウアーイーストサイドとチャイナタウンです。エリアはロウアーイーストサイドに始まり、だんだんとチャイナタウンに移ってきました。もうひとつの大きなエリアはブッシュウィックです。ブルックリンでは私達がNYABを始めた当時にはウィリアムズバーグがアートの中心でしたが、現在はブッシュウィックに移っています。それにつれて、NYABでもエリアの名前を変更しました。ウィリアムズバーグを切り開いたともいえるPierogi gallery (ピロギ・ギャラリー)が2016年3月にとうとうローワーイーストサイドに引っ越したのは象徴的です。あとは、アッパーイーストサイドにもエスタブリッシュされた大御所ギャラリーがたくさんあります。

それに対して東京はどうかというと小さい所が多いです。TABには多くのアート会場が網羅されているのですが、 専門のギャラリーだけでなく、たくさんのカフェ、時々アートを展示するスペースも多く、それを含めても数で言えば東京はニューヨークの半分といったところでしょう。あとは東京のギャラリーというのはあまり一カ所に集中していません。ひとつのビルに2つのギャラリーがあって、別のビルにまたひとつギャラリーがあるといった具合に。ですからもしギャラリー巡りをしたいと思っても、3つのギャラリーをまわった後、30分電車に乗って別のエリアに出掛けるという感じにならざるをえません。

その点、ニューヨークではひとつのエリアに行くだけで1日でも見切れないくらい多くのギャラリーをまわることが可能ですね。

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私達はアーティストではない。でもアートについて書き、展覧会のリスティング作業もする。

あなた自身のお気に入りのギャラリー、美術館などあったら教えてください。

いくつかの場所は以前面白かったのに、変わってしまうということもよくあります。でも私がいつもあげるのは Sculpture Center「スカルプチャー・センター」です。ここはクイーンズ区、ロングアイランドシティーの古いビルにあります。もちろんスペースは改装しているのですが、古い雰囲気が依然として残っています。地下に行くと、独特の湿った古い地下の匂いがします。そういったスペースで彼らが企画する展覧会はいつも興味深い面白いものです。ここは美術館のような非営利ギャラリーのようなスペースですね。

18ストリートにある Hauser & Wirth「ハウザー&ワース」も好きです。アッパーイーストサイドのギャラリーはいわゆる普通のスペースですが、18ストリートの方は本当に巨大で、もとはスケートリンクがあるクラブだったスペースです。改装後もその名残をとどめていて、とにかく広いオープンな空間です。展覧会によっては仕切ったりもしますが、もちろんのこの大空間を生かした巨大なインスタレーションの展覧会も開催します。あとこのギャラリーの面白い所は、ギャラリー内にBar Rothがあり、ギャラリーが開いている時はいつでも無料でエスプレッソが飲めることです。これはもともとドイツ人アーティストのディーター・ロスとビョーン・ロス Dieter Roth and Björn Rothのアートプロジェクトで、 展覧会終了後、「このまま残して、来てくれる人には誰にでもエスプレッソをふるまってほしい」とのアーティストの希望で、常設展示のような形で残ったそうです。もちろんオープニング・レセプションの際にはワインが出されますが、普通の日は、ふらりとギャラリーに行って、バーに座り、エスプレッソを頼むことができるんです。面白いですよね。これは昔ながらのコミュニティーに対するサービスともいえます。

コミュニティーへの還元ということでいえば、Pace Gallery「ペース」もいいです。ペースは古くからある有名なギャラリーですが、私が好きなのは、このギャラリー、オープニング・レセプションですごくいい白ワインをちゃんとグラスで出すという点なんです。行くととてもいい気持ちがします。他の大きなギャラリーはそういうことをやめてしまいました。オープニングが混みすぎたり、そもそもそういうことなどお構いなしだということもあるでしょう。Chaim & Read gallery もいいですよ。プラスチックのコップですけど(笑)。

他にもたくさんのお気に入りの場所があります。例えばメトロポリタン美術館には Cloisters クロイスターズという別館があります。そこに行くこと自体がとても素敵で、地下鉄に乗っていくことができ、駅からはハドソン川を眺めながらハイキングに出掛けるような感じです。私は家族で何度も行っています。

あなたはNYABのブログで自身を「アートワーカー」と呼んでいますが、「アートワーカー」とはどういうことか話してくださいますか?また、あなたのゴールは?

「アートワーカー」という言葉は私のアイデアではありません。ハイパーアラージックの創業者のHragが自分のことを「アートワーカー」と呼んでいて、私はそれは、社会主義的な感じですばらしい名称だと思いました。私達はアーティストではない。でもアートについて書き、展覧会のリスティング作業もする。私達は退屈とも思えるこういう仕事をこなしています。

時々もっとクリエイティブなこと、特にアートや文化についての動画などを作りたいと思ったりもします。でも多くのギャラリーがある限り、私はNYABをとにかく続けていきたいし、この街を動き回っていたいと思います。理想的には、もっとこの街のアートについてのレビューやインタビューを充実させたいですが、でも結局のところ、このウェブとアプリが作られた根本的なこと、つまりアートリスティングをしっかりやることこそが私たちの仕事だと思っています。ユーザーはNYABのアプリケーションがちゃんと機能し、いつもイベント欄にたくさんの情報が載っていることを望んでいます。ですから信頼できる情報源として、NYABのウェブサイトとアプリを運営すること、それが私の今の一番重要なことです。もしもうちょっと何かできそうなら、やってみたいと思っていますけど。

インタビュー/邦訳:皿井まゆみ (ISE Cultural Foundation NY)

邦訳:藤高晃右 (NY Art Beat)